しずおか文化財ナビ 富士山(山頂信仰遺跡)

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ページID1021572  更新日 2023年11月3日

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準備中

よみ
さんちょうしんこういせき
指定区分、指定種別
国指定/記念物 ・ 史跡
指定日
2011年2月7日
員数
所在地
静岡県富士宮市
一般公開有無
駐車場の有無
公開情報
富士山開山期間

所有者情報

富士山本宮浅間大社

文化財の説明

史跡富士山の構成要素のひとつ

富士山山頂部には、火口壁に沿っていくつかの神社など、宗教関連施設が所在する。
富士山への信仰登山が開始されると、修験道の影響を受け山頂部において寺院の造営や仏像等の奉納がおこなわれるとともに、山頂部での宗教行為が体系化されていった。
登拝者は山頂周辺において「御来光(仏の来迎とみなされたブロッケン現象)」(のち「御来光(日の出)」)を拝み、内院(噴火口)に鎮座するとされる神仏(大日如来が本地仏とされた浅間大神ないし浅間大菩薩)を拝し、火口壁にいくつかあるピークを仏教の曼荼羅における仏の世界に擬して巡拝する「お鉢めぐり(八葉めぐり)」と呼ばれる行為を行うことが一般的であった。
山頂の宗教的施設は、12世紀中ごろ修行僧末代により建立された施設が最初とされ、その後、経典(12世紀末~13世紀前半と推定されるものが最古)・懸仏(山頂では文明14年〔1482〕の銘のあるものが最古)・仏像等(乾元2年〔1303〕の銘があるものが最古)の山頂部への奉納・埋納や内院への散銭が行われた。また、遅くとも17世紀には、大宮・村山口山頂部に大日堂(現在は富士山本宮奥宮が所在)が、吉田・須走口山頂部に薬師堂(現在の久須志神社)が造営された。
明治7年(1874)、山頂の仏教的施設及び仏像は廃仏毀釈の影響によって撤去され、峰の名称も変更され、寺院は神社に改変された。しかし、山頂部に対する信仰自体は変化することなく、上記の行為は現代の登山者の多くが行っており、これらを通じて富士山信仰の核心が現代に受け継がれている。(出典「史跡「富士山」保存管理計画」(編集・発行:静岡県)

地図情報

地図

このページに関するお問い合わせ

スポーツ・文化観光部文化局文化財課
〒420-8601 静岡市葵区追手町9-6
電話番号:054-221-3183
ファクス番号:054-250-2784
bunkazai@pref.shizuoka.lg.jp