人づくりちょっといい話11
教育の原点は命と向き合うこと
林竹二先生という宮城教育大学の学長をされた素晴らしい教育者がいらっしゃいます。東京都三鷹市の小学校の教育現場へ、私は林先生に呼ばれて拝見しましたが、本当に面白かった。林先生がいらっしゃっるというので、六年生の教室は東京中のテレビ局のカメラマンでいっぱいです。さて、授業が始まったら子どもたちがだれ一人カメラの方を見ません。林先生のおっしゃることをじっと聞いて、時々かわいい顔をして「ハイ、ハイ!」と手を挙げる。だれもカメラに関心を示さないのです。その姿に私は驚きました。
林先生の教育論をご紹介しますと「教育とは、心と体の成長に必要なものを与えて人間が育つのを助ける仕事です。だから命を持ったものの存在が教育の大前提になります。従って命への恐れを欠くところには教育は成立しないのです。命が育つのを助ける。先生が上にいて生徒が下にいて、上から下へ教育情報を流したのでは命を助けることになりません。先生と生徒が向き合って、先生が生徒は今何を欲しがっているかということを感じ取って、その欲しがっているものに向かって教育情報を与えていく。それで始めて教育というものは成り立つんです。教育は聞くことから始まるのです。子どもたちが何を欲しがっているか、その心の声を聞くということです」というものなんです。
授業の時、林先生は足尾銅山の闘士の、田中正造の研究家でもいらっしゃったので、その生涯の話をなさった。「田中正造が足尾銅山の中に入っていって抗夫たちの話を聞こうとしたが、うまくいかなかった。抗夫たちに『あんた方はこうすべきだ』と話して聞かせても『何を言ってやがるんだい』と横を向かれた。八年目にようやく坑夫の話を聞くことができた。大切なことは、人に何かを伝えようと思ったら、自分の話を聞かせるのではなくて、相手の心を聞くことだ」とおっしゃるのです。
二宮尊徳の逸話と同じですね。尊徳が茨城県の桜町に財政の立て直しを頼まれて行きます。田んぼを回って説教しても、だれも聞いてくれない。尊徳は何日も村人が夜集まるばくち場へ通って、村人の話を聞いて楽な生活をしようと思ったら「なぜいい加減な耕作をしてはいけないのか」というところから始めます。「稲もヒエもなるようにしかならないのではなく、あなた方が手助けをしたら喜んで大きな成長をするんですよ」と言って聞かせて、始めて「これはすごい助っ人が来た」といって感激されるんです。
相手の話を聞くことから始まる。教育というのは、子どもたちの命を育てることなんですね。そして育つためにこういう情報があるということを教える。教育論の原点は、命と向き合うことだったんですね。家庭で「お父さんやお母さんが子どもの命と向き合ってください」、教室では「先生方が子どもの命と向き合ってください」ということなんです。
草柳大蔵著「午前8時のメッセージ99話」(H21年発行静新新書)より
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