あなたの「富士山物語」(富士山デビュー/杉田利晴)

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ページID1019380  更新日 2023年1月13日

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富士山デビュー/杉田利晴

昭和四十六年七月、富士山南斜面二合目付近より登り始めて、数時間が過ぎる頃から次第に視界が開けてくる。低山帯から亜高山帯、そして森林限界を越えると、砂礫の風景に変わっていた。オンタデ、イタドリ草などの植物がはいつくばっていた。少し上方には、宝永山の赤色のコブが見える。人の姿はなく、広い青い空が印象的だった。疲れも飛んでしまうほどの感動があった。今から四十年程前、十五才の頃、私の富士山デビューでした。

高校のクラブ活動で、富士山植生分布図を作成する目的で、初めて富士山に入りました。そして三年間、七月の終りになると、キャンプをはりながら十日間ほど、南斜面を登り降りしました。キャンプ地は海抜一三〇〇メートル位で、周遊道路付近だと記憶しています。他の登山者にはほとんど会わず、たまにシカやウサギに出くわしました。頂上まで登ったのもこの頃です。二合目辺りからの登頂だったので、充実感は相当なものでした。

その後大学に入り一年生の夏休み、山頂小屋アルバイトの募集にひかれ、四十日間山頂生活を送りました。毎日見る日の出の美しさは、今でも頭の中にやきついています。四十日間一度も飽きることはありませんでした。雲が湧き上がる面白さ、影富士、カミナリなど自然すべてが新鮮でした。日本一高い所にいるという優越感と、自然の美しさときびしさは、より一層富士山を好きにさせてくれました。

こんな楽しい思い出とは反面、その頃にも環境問題はありました。周遊道路付近の樹木の立枯れです。道路整備と比例して周辺の木々が枯れていました。排気ガスの影響もかなりあったのでしょう。ゴミや屎尿の問題も身を持って感じました。風に乗ってビニール袋がいたる所で舞い上がっている光景、トイレ付近を通ると悪臭で鼻をつまみたくなるなど、改善しなければならない問題が当時からありました。

富士山は見て楽しむ山で、登る山ではないとよく聞いたことがあります。環境問題だけのことを言ったのではないと思いますが悲しいことです。

静岡に住み、毎日見える大好きな富士山が、より美しい山であり続けてほしいと願う次第であります。

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