第28回伊豆文学賞 入賞作品あらすじ(作者自身による作品紹介)
(1)小説・随筆・紀行文部門
最優秀賞 「ノイジー・ブルー・ワールド」(小説)
下田市の高校二年生、レナの幼馴染であるナギは過敏な感覚を持つ少年で、レナは実の姉のように彼を守ってきた。夏休みの前日、レナはナギに「海の絵を描きにいこう」と誘われるが、ナギは海には見えない不可解な絵を描き始める。やがてレナはナギが県外進学を考えていること知り、虚弱だったナギの成長に戸惑いと焦りを覚える。友人も恋人も進路を明確にする中、自信を失ったレナはナギを拒絶し、傷つけてしまう。だが、これがナギと過ごせる最後の夏休みだと知り、レナは海辺でナギが訪れるのを待つ。やがてナギが姿を現すが、鉢合わせしたレナの恋人がナギを脅かす。憔悴したナギはその夜、自宅から姿を消した。レナは真っ暗な海辺でナギを発見し、海の絵の完成に立ち会う。ナギは自分が共感覚の持ち主であり、レナの声は「青い」のだと告げた。幼い頃からの感謝の証として、ナギはその絵をレナに贈るつもりだった。だが、レナはそれを受け取らなかった。
優秀賞 「青菜屋敷」(小説)
家の中のあらゆる場所から青菜が生えるようになった私。ある日、前世が芋虫だったと自称する青菜好きの青年・森原くんに出会い、除草要員として同居を始める。彼に家中の青菜を食べ尽くしてもらい、同居最終日を迎えたところで、私は彼を伊豆旅行へ誘う。旅の一番の目的地は筏場のわさび田。
一行は修善寺を起点にわさび田に辿り着くが、帰り際、私は三年前に亡くなったはずの祖母とすれ違い言葉を交わす。実は私が祖母と再会するのはこれが二回目で、祖母は私が困難に陥ると決まって姿を現すのだった。
その晩、隣で眠る森原くんが背中の痛みを訴える。深夜、彼の姿が見えず室内を探すと、梁からぶら下がる巨大なサナギを発見する。私は延泊しサナギの羽化を促す。数日後、私は蝶の姿となった彼を目の当たりにする。そして彼は、あてもない旅へと飛び立つ。帰りの踊り子号の車内で、私は心の中に取り残された空洞に気づく。
佳作 「台風の後に」(小説)
優翔は聾学校に通う小学六年生。発話がかなり不明瞭で、聴者との会話では傷つくことも多い。沼津で母と二人暮らししており、その生活を清水に住む伯父の哲さんがひっそり支えてくれていた。哲さんも難聴者である。
高等部に進んだ優翔は、同級生の大介や莉子と楽しく日々を過ごしている。文化祭後の深夜、三人は港で将来について語り合う。希望はばらばらだが、互いにその選択を認め合った。ただし、深夜に寮を抜け出したことで停学措置を受けることに。しかし教員達は温かな目を三人に向けてくれた。
大学卒業後優翔は母校の聾学校の教員になり、大介は大学院に進学、莉子は四年勤めた会社を辞めていた。社会における聾者の立場について深く考え、行動を起こそうとする三人。そんな折、静岡県を強い台風が襲い哲さんの家が浸水。助けに行った場面で母が感情をさらけ出したことで、ずっと他人行儀だった母と哲さんの関係に変化の兆しが訪れる。
佳作 「権現の返り言」(小説)
治安四(一〇二四)年正月、琴子(後に「相模」と呼ばれた女流歌人)は相模守である夫大江公資との言い争いの後、わずかな供人を連れて伊豆に向かった。走湯権現に百首歌を奉納するためである。現地に到着後、琴子は詠歌に苦しんだが、宮司の助言をもとに「真の心」を詠んだ百首歌を完成させる。琴子は供人に勧められ、それを幣に清書し埋納、草稿は焼き捨てた。四ヶ月後、相模国府に突然、伊豆からの使者が現れ、権現からのものとして百首の返歌を手渡される。埋納地が掘り起こされた形跡がないことから、歌の内容は奉納を受けた権現以外知るはずがないと思われた。琴子は自身の歌才に神が感応したかと心躍らせる。だが、返歌の歌順が草稿に対応していることから、琴子はそれが権現によるものでないと気づく。返歌を詠んだのは、琴子の供人を解して草稿の写しを入手した公資だった。琴子はその経緯と意図を夫に問う中で、彼の深い愛情に気づき、和解を果たす。
(2)掌篇部門
最優秀賞 「Resonance Resilience」
高校3年生の夏、最後の吹奏楽コンクールを明日に控えた私は、この6年間を回顧する。新型コロナウイルス感染症による第61回静岡県吹奏楽コンクールの中止、活動の制限、部員数の減少。なぜ吹奏楽を続けてきたのか。積み重ねた時間に意味はあったのか。私たちの心を置いて、世界は戻ったふりをした。治し方の分からない傷を抱えた私たちは、音を共鳴させ世界を創ることで、前を向く。多くの人との関わりを感じながら。
優秀賞 「柿田川湧水」
バラバラになったある外国人家族が静岡県の柿田川公園で再会します。湧水ができるまでに要する年月の話をきっかけに、それまで明かされることのなかった両親の事情を娘は知ることになりました。日本には、そして静岡には、公共の空間に安らぎの自然が広がっています。物語を通じて、皆がアクセスできる地元の名水の魅力を発信したいと考えました。
優秀賞 「一分間の瞑想」
二月二十九日生まれの富樫閏は、十二歳の誕生日に同級生と殴り合いの喧嘩をしてしまう。キッカケは、児童養護施設の子には四年に一度しか誕生日がこないと馬鹿にされたことだった。痛みと怒りを内に秘めて施設に帰った閏は、不満を施設長にぶつけていく。その出来事から約半世紀後。あの日と同じ遠州地方特有の空っ風が電線を鳴らす音を聴いているうちに、施設長との忘れられないやりとりが脳裏に蘇り始めた。
優秀賞 「光」
大学受験を通じて対立してしまった主人公と母の間には、今日も息苦しさが同居していた。投げつけられた模試。母の罵声。上がらない成績。主人公はもう、限界だった。逃げるように家を飛び出し、当てもなく彷徨った先には早世の父との思い出の地、千本松海岸があった。墨を流したような海上には、淡く揺れるオレンジの光。励ますように優しく揺れるその光に、主人公は父の面影を見つける。
優秀賞 「熱海の灯」
熱海の花火大会を息子と二人で見た夜、私は昔の、両親との旅行を思い出す。あの時熱海の旅館で、母は自身の病気を知って泣いた。私は最近、自分の癌の再発を息子に知らせたところ、花火に誘われたのだった。花を咲かせた光が消えた後の風の音、雨の匂い。海沿いの夜景。街の灯が瞬いて綺麗だった。後日花火の動画が、また見ようね、の言葉と共に息子から送られてきた。明滅する熱海──その光は少し寂しくて温かい。
優秀賞 「桜舞う季節まで」
この話は、受験生の主人公が家庭の悩みをかかえながら、家族と打ちとけ、受験合格をする話です。私自身が母親ともめた時のことを思い出しながら書きました。自分が暗い気持ちになっている時、外がにぎやかだと外の世界がうらやましくなるような表現がうまく書けました。私も今、受験生で周りの友達たちは1人で受験と向き合い戦っています。家族の優しさでさえ、この時期にはストレスに感じてしまうことがあると思います。しかし味方でいてくれる家族にはしっかりと向き合い、受験で1人で戦っていると思ってしまっている人も家族がいて、裏で応援してくれていることを忘れないで欲しいと思います。きっと合格した時に1番よろこんでくれるのは家族だと思います。今頑張っている受験生たちが春に桜を見ることができるのを、祈っています。何もかも、自分1人でかかえこまないで欲しいです。家族一丸となって戦っていきましょう。
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