第11回伊豆文学賞 入賞作品のあらすじ(作者自身による作品紹介)
最優秀賞
「釣聖(ちょうせい)」(小説)
元漁師の増子源三は、江戸から明治にかけ活躍した一本帆柱の巨大和船に興味を持ち、西回り航路の重要港であった南伊豆子浦を訪れる。
美しい景色と海の幸を堪能しつつ、宿の主人、梁瀬らとの交流を深める源三だったが、ひょんなことからプロの釣り師、海東徹也とともに釣り番組の収録に参加することになる。
愛用の江戸和竿を縦横無尽に駆使する源三に、梁瀬の幼い孫、夏帆は遠洋マグロ漁に従事する、まだ見ぬ父の姿を重ね合わせる。
父思いの夏帆に目を細める源三に、実は義理の息子は漁に出ているのではなく、孫の出生直後に家族を捨て失踪したのだと梁瀬は告げる。
短い滞在の後、一抹の侘しさを覚えつつ、路線バスに乗り込んだ源三と入れ替わるように、一人の男がステップを降りる。その横顔を垣間見た源三は、男が失踪した夏帆の父親ではないかとの思いを抱く。
父親が戻ったのだと信じ、家族の末永い幸福を祈りながら、源三は子浦を後にする。
優秀賞
「海師(うみし)の子」(小説)
主人公マサルは、伊東市南端の町、八幡野で漁を営むイサムの一人息子。高校卒業を目前に控え、自らの進路問題に直面している。地元の高校で成績優秀、パソコンクラブの主将として活躍するマサルは、漠然とハイテク分野の企業に憧れ、大学進学を目指している。両親も、そんなマサルに期待をかける一方で、父親イサムは自分とともに漁師をしてほしいという仄かな希望も抱く。かつては多くの漁船で栄えた八幡野だが、今は僅かな船が操業している斜陽の漁港。マサルは、将来性が不透明な漁師の世界に身を投じる積極的な気持ちはないものの、生まれ育った土地には愛着があり、後ろ髪を引かれる思いはある。人生はじめての岐路に立ち、周囲の期待、ガールフレンドなどとの心の交流の中で、マサルは最終的にどのような選択をするのか。多感な高校生の心に射し込んだのは、「生きがい」という光であった。風光明媚な伊豆の小さな町を舞台に、「働くこと」を主題として物語は展開される。
「餌食(えじき)」(小説)
小学生の太一は、兄弟同様に育てられた従兄の啓介にウグイ釣を教えてもらう。ある秋の夕暮れ、独りでウグイ釣に来た太一は狩野川の深場にはまってしまう。そこには化物のような青大将が悠々と泳いでいた。太一は自分が青大将の餌食にされるに違いないと恐怖し、ほうほうのていで岸に辿り着くが、そこには思いがけず母・純江が待っていた。
啓介は、太一の父・哲司の姉の子であり、出奔したその姉に代わり哲司と純江の夫婦は赤ん坊の啓介を我が子のように育てた。未だ太一を身篭っていない若い純江であったが、我が子でない啓介に乳房をふくませ続けることをやめない。
やがて頼もしく成人した啓介を、哲司は後継にと考えるのだが、いつしか、啓介と純江とが男女の関係にあることに確信を持つ。
哲司は、太一を車に乗せて狩野川の源流天城から河口の沼津まで走ると、眼前に広がる駿河湾に車を向けて力いっぱいアクセルを踏み込んだ。
佳作
「野(の)に死(し)に真似(まね)の遊(あそ)びして」(小説)
夏休みに入ったばかりの八歳の琴音の心に、もうすぐ四十路を迎える父の不穏な様子が、暗い影を落としている。西伊豆の戸田にある実家で心身を休めたいという父に、軋轢のある家族の中で琴音だけがついていく。
行きのフェリーの船上で、琴音達は、父の中学の同窓生真矢子に遭遇する。美貌の真矢子は、裕之介という若い男をつれていた。
叔父の家には、剛直で温かそうな叔父夫婦の他に、死を意識してなお磊落な祖父と「死臭を嗅ぐ」という白黒模様の太った猫がいた。
同時に琴音は、従兄弟の晃と、真矢子が自分の母に預けている息子天馬と出会う。三人は美しい戸田の海岸で幼い至福の時を過ごす。けれど、遊びに行った天馬の家で、真矢子が裕之介を鋏で刺す事態に居合わせてしまう。
天馬は海ホタル採りに琴音を誘うが、叔母の心ない言葉で夜中にいなくなり、原生林で一晩過ごす。琴音は、宇宙の奥底に燃える冷たい火のような海ホタルの輝きに魅入られ、やがて、祖父の猫に導かれて、生と死のめくるめく豊饒な世界へと目覚めていく。
「水(みず)湧(わ)き出(い)づる町(まち)で」(小説)
45歳独身の杉山修二は27年間の東京生活を引き払って、故郷三島に帰ってきた。76歳になる一人暮らしの母が癌で余命幾許もないとの診断を下されたからであった。早くに父を亡くし、兄が山で遭難し、弟の修二も高校卒業と同時に単身上京してから、母は独り、郷里で生きてきたのだった。一進一退を繰り返す容体が奇跡的に持ち直した夏、母は富士山の裏側に行きたいと言い出す。兄が遭難した北岳を拝みたいと言う。こうして、修二と母の最初で最後のふたり旅が始まった。
山中湖~忍野八海~紅葉台。ドライブの先々で語られる、母の人生。死に対する思い、好きな花と父の思い出、息子の好きな玉子丼を注文する母。故郷と水と家族を守ってきた母の生活。受け継いで生きるということ。
紅葉台からの富士は雄大だった。だが母は三島から見る富士が好きだとつぶやく。兄が遭難した山、北岳に手を合わせた二人の旅は終わった。今、静かな寝息を立てて、我家で眠る母を見ながら、修二は母の言葉を思い出していた。「心配すんな。ここに帰っておいで。」
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