第24回伊豆文学賞 入賞作品あらすじ(作者自身による作品紹介)
(1)小説・随筆・紀行文部門
最優秀賞 「憧憬しょうけい 明夜みょうや」(小説)
電気、水道、大工、何でもこなす塩田正一は、ある日、同棲相手の不貞を目の当たりにする。人を責めることを嫌う正一は何も言わずにアパートを出ると、相手の連れ子である理央に別れを告げ、一人車中生活を始める。
同じ頃、不動産会社に勤めていた美保はこのまま仕事を続けるべきか悩んでいた。次の仕事が上手くいかなかったら辞めようと決意した美保の前に、やっかいな客として現れたのが正一だった。
正一の身勝手ともとれる言動に戸惑う美保だったが、一緒に物件を回るうちに、経験に裏打ちされた正一の物の見方や考え方に感化され、美保は仕事を続けようと心に決める。
物件も決まり安堵する美保。正一は中学生の時、家出をして、たった一人自転車で和歌山からこの伊豆まで来たことを明かす。
新しい生活を始めようとした正一の元へ理央から一本の電話が届く。正一は理央の為にここでの生活をあきらめ、彼の元へ向かう。
優秀賞 「由比浦の夕陽」(小説)
明治維新を機に参勤交代が廃止となった。
宿場町として栄えていた由比と蒲原の町(由比浦)は基幹産業とも言うべき宿場の機能を失い町民は路頭に迷った。岩渕=鰍沢間を往来する「富士川舟運」の船乗りになったり清水港の湾岸労働者に転職する者もいて混乱した。明治二十七年の年末。漁師が間違えて入れた網に大量の小エビが掛かっていた。
桜エビだ。ルビーのような綺麗な色の桜エビ。漁師は販路を求め名古屋や横浜に出向いた。もちろん、隣接する山梨県にも舟運を使って運ばれた。桜エビが発見される五か月前の八月一日、日本の宣戦布告により日清戦争がはじまった。軍部は、兵站部隊として牛馬の代わりに人夫を採用した。軍夫だ。これは民間人の募集によって集められた。由比、蒲原からも仕事を求めて軍夫が大陸に渡った。
桜エビ漁に従事する家族と、命を懸けて大陸に渡った息子を基軸にした物語。
佳作 「くくり罠の夜」(小説)
早期退職後、伊豆のログハウスに妻と移住して、くくり罠猟に没頭する主人公の罠に掛かったのは、天城一巨大な猪だった!
動画撮影中に奴の逆襲に合い、格闘の末、崖から落ちる両者。くくり罠のワイヤーが繋ぐ、崖っぷちの木の幹と奴の脚。主人公の足に噛みつく奴。牙に絡まるロープ。ロープに支えられた体。絶体絶命の宙吊り状態の中、フラッシュバックする娘との確執。
しかし、奴が己の拙い罠に掛かった理由を知った時、共に助かることを選択する。体力を奪う寒さ。限られた道具。知恵だけが頼りの、長く孤独な救出の夜が始まる。
佳作 「ライトからきてくれて」(小説)
北川の息子の北川兎太郎は小学6年生。地元、細江町にある「みをつくし野球少年団」での最後の試合にのぞんでいた。エースの黒田はいつものように四球を重ねピンチを迎えていた。ライトを守っていた兎太郎がピッチャーマウンドにかけよった。北川がそんな光景を見たのは人生で二度目だった。
北川も昔、野球少年だった。少年団ではピッチャーもつとめ、高校まで野球をやるが、強豪校ではまったく芽がでなかった。唯一、気の合った同級生の梶田の存在が心の拠りどころだった。しかし梶田は練習中、不慮の事故で亡くなってしまい、北川はすべてを諦めてしまった。高校3年の夏、野球部を引退し受験勉強にのぞむが、今一つ身が入らなった。土曜日の午後、自転車で自宅に戻る途中の坂道で少年団の仲間に再会する。仲間と話しているうちにある記憶がよみがえった。
二十数年後、ライトからかけよった兎太郎と北川にとって大切なものが重なり涙する。
(2)掌篇部門
最優秀賞 「おばあちゃんのおでん」
施設で育ち、家族というものを知らない私が学生時代に静岡へヒッチハイクをし、そこで出会ったおばあちゃんとお孫さんに家族愛を教わるという作品です。やんちゃなお孫さんと厳しいながらも愛のあるおばあちゃん。自分にまるでお母さんと弟ができたような体験はその後の私の人生に大きく影響を与えました。たとえ家族に恵まれなくても、家族のような存在がいて、食卓を囲める幸せは、何ものにも変えがたいものだと強く主張する作品です。
優秀賞 「初めての寺で」
山裾に広がる大きな寺の参道は、進むごとに高さを増し、木々の緑は色を濃くし、量感をもって頭上を覆います。歴史を背負ってたたずむ堂宇は、私を非日常へいざない、内省的にします。日ごろ見慣れた花さえも、不思議な雰囲気を醸します。静かな境内で、心に浮かぶあれこれを、ロードムービー風にまとめてみました。
優秀賞 「青い夢が叶うころ」
かつて、日本の街は美しい藍の色に染められていた。イギリスの科学教師・アトキンソンが「ジャパン・ブルー」と感嘆を漏らし、焼津の海を愛した小泉八雲も「神秘の青に満ちた国」と絶賛した藍の国・日本。明治以前は駿河も藍を始め、機織業が盛んだった。静岡には、余り知られていない誇り高い伝統や美しい文化がたくさんある。本作を通し、一人でも多くの人に静岡の魅力を知っていただきたい。
優秀賞 「五の三の君」
今年の正月は家族で三島、熱海に旅に行った。メンバーは夫・私・娘三人の五名だ。三島大社へ初詣に行き、夜は熱海で新鮮な魚介料理や金目鯛の煮付けを食し地酒やビールで乾杯した。その時、静岡県の名所である三島か熱海を舞台に文を書いてみたいと思った。作品の二人は若くピュアで幼い頃の淡い思いを胸に秘めている。同級生という設定なので、女の子の方がしっかり者で男の子の方は奥手で受け身に記した。五年三組生きもの係だった二人。十五年経って社会人となり食事を共にした。結末は書いていないが、男の子が女の子の昔好きだったキャラクターのTシャツをわざわざ着てきて帰り去り際に、覚えていることを伝えた勇気がこの物語のクライマックスとした。コロナ禍で若い人達の出会いやデートもままならない今だがいつかドキドキするような恋愛をしてほしいという願いを込めた。コロナが終息したらきっとこの物語もまた動き出すと思う。
優秀賞 「ハンドメイドカトラリー」
会社近くの公園で、伊豆の友人から求めたカトラリーを使い、弁当を食べているところを、母親に付き添われたダウン症の女性に見られる。母親から唐突にカトラリーの使用感を聞かれ、率直に感想を話すと、母娘は満足して去った。これはその女性の作なのか?
私は女性と同じダウン症児で早逝した従弟に思いを馳せた。最期迄通じ合わなかった彼との交流。だが母娘とのやり取りで、初めて通じあえる何かを見出した気持がした。
優秀賞 「火の見バス停と飯田屋酒店」
静岡県磐田市の北部に、二俣駅に向う路線の火の見バス停があります。傍らにある飯田屋酒店と共に、その風景は五十年が過ぎても少しも変わらず、そこに立てばいつでも、毎日おつかいに行っていた幼い頃の自分と、そこで出会い、別れた人々に会えるような気がします。そして今年、同じ故郷を持つ母を亡くし、その風景は懐かしさに加えて、私の中で違う彩(いろどり)を持つものとなりました。
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