あなたの「富士山物語」(日本一/松浦千枝雄)
日本一/松浦千枝雄
「学校から帰ったら日本一を見に行こう。」
「日本一ってなに?」
「今日は天気もいいし、きっと見えるよ。」
「日本一ってなに?教えて。」
「行って見れば日本一って分かるよ。」
兄は、こう言いおいて学校に行った。兄が小学三年生、私が一年生だった。比較的暖かな昭和十一年二月の或る土曜日の朝の兄との一齣である。
学校から戻ると兄は、いつもと違い宿題を後にして、私を連れて蓬莱橋を渡り、権現様を右に茶畑の広がる道を東へと急いだ。
「日本一ってなに?」息を弾ませながら、
「『ふ』がつく、『ふ』が。」
「その『ふ』の字の次の字は何ていうの。」
「それを言えば分かっちゃうから駄目。」
左に、今渡ってきた大井川の流れを、その向うに島田の街並を望み、暫く行くと大井川の河口が駿河湾に臨み、志太平野を一望できるところに着いた。
「あれだよ。」と、兄が指を差す。
「あっ、富士山だ。」遠く澄みきった志太平野の遥か彼方に雪衣を纏い流れるような裾野の富士山に、子供の私の心は大きく躍った。
「そう、あれが日本一の富士山だよ。高さが日本一なら、美しさは世界一って言われてるんだ。」兄は弟の私に何よりも誇らし気に話してくれた。
その後、昭和十六年の夏、兄は、海軍の飛行機のパイロットとしての訓練の折、霞ヶ浦の上空より見た霊峰富士の素晴しさを休暇で帰宅の時に話してくれた。
富士山との出合いの記憶は、南の空に散った兄との思い出の中で今も一番鮮やかだ。多くの文化を育み与えてくれた富士山に感謝をすると共に、その景観を守ってゆきたい。
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