第20回伊豆文学賞 入賞作品あらすじ(作者自身による作品紹介)
(1)小説・随筆・紀行文部門
最優秀賞 「熱海残照」
千代は65歳、熱海のリゾートマンションで一人暮らしである。趣味も約束事もないため月めくりカレンダーの予定欄は真っ白のままだ。芸者の母に育てられ、母が亡くなるまでは置屋の近くの一軒家で親子で暮らしていた。人生のほとんどを熱海で過ごしている。父親や親戚のないことに疑問や不満を持つこともなく、母やその周辺の人に囲まれ、苦労のない人生を送ってきた。同じマンションに住む権田喜久雄と親しくなったのは東日本大震災がきっかけだ。権田の過去は複雑だ。何人かの女性と暮らし、いろんな土地を渡り歩いて熱海に辿り着いたらしい。権田が癌に冒されて余命少ないことを知った千代は、彼の最後を看取ることを決断する。千代の人生ではじめて自分の意思でとった行動だった。震災から5年、権田の葬式をすませて千代も変わった。真っ白だったカレンダーにいくつかの予定が書き込まれた。残照の輝きの中にスタートラインに立つ千代がいる。
優秀賞 「炭焼きの少年」
農家の長男弘志は中学二年生。家は現金収入を得るため炭焼きをしている。仕事場は愛鷹山。戦後10年住宅建設の高まりに応えて始まった全国あげての桧・杉の大植林計画。愛鷹山でも雑木の森を伐採し、そのあとに桧を植える事業が始まった。弘志の家ではこの雑木を利用して炭を焼くのだ。父は山小屋に寝泊りし、母は通いで、弘志も休みの度山へ行き炭焼きを手伝った。木を倒し、運び、炭に焼きソリで馬車道まで下ろす。仕事は大変だったが楽しみもあった。山小屋への泊り、兎肉の鍋、キノコ採り、フクロウとの出会い。炭焼きが進み雑木の森がなくなってくるにつれ弘志は淋しくなってきた。せめてフクロウの棲む木と周囲の木は残してやりたい。妹の作文がラジオで放送されフクロウの木を残す運動が起こるが消えてしまう。山の地主にもお願いするが……
昭和30年代のモノ不足の頃の村の生活、家族のふれ合いなどを少年の眼を通して描いた。
佳作 「白粉花」
大正8年の春、あさは吉脇宇三郎と娘の志津と共に丹那トンネルの工事現場がある函南村にやってきた。まっ青な海が広がる尾鷲から比べると寒々とした荒れ地であった。
大正10年4月、熱海口で崩落事故が起きた。16名が死亡した。翌年の秋には19になった志津がダイナマイト心中で命を落とした。宇三郎の手下の若者と婚礼をあげた夜であった。あさが悲しみのどん底から立ち直りつつあった大正13年の2月、函南口で出水を伴う崩落事故が起きた。16名の仲間の死は宇三郎に大きな打撃をあたえたが、彼は「山が好きなんじゃ」とトンネルを掘り続けた。
ダイナマイトの音に耳を塞ぎ、ポロポロと人が死んでゆくこの地を離れたいと希い続けたあさの救いは飯場のあちこちに咲く白粉花であった。単衣の袂からころがり落ちたひと粒の種が殖え続け、15年の歳月が流れた。
昭和8年8月、水抜坑に続き、トンネルが貫通した日、宇三郎の目に涙があふれていた。
佳作 「杣人の森」
古からの林家の生き方を守り、天竜の山で黙々と森造りを続ける年老いた樵がいた。高速道路建設に伴う山林伐採の中、先祖伝来の巨大な檜を伐り倒す事になった老樵は、周囲の様々な思惑を退け、己の信念を突き通し、只一人伐採の準備を進めていく。残った風の影響で古木の伐倒を諦めたある日、老樵は山で一つの古びた薬莢を拾う。それは太平洋戦争の末期、天竜の山で帝国海軍機と激しい空中戦を繰り広げた、米国軍機が放った機関砲の薬莢であった。彼は集落の鎮魂碑にそれを供え、少年の日に目撃した悲惨な戦争を想い深く祈る。あくる日、美しく厳しい自然の中、老樵は一人檜の巨木に相対する。あの戦争で空に散った兄との思いが残る古木の幹に、己の感傷を消し去り山に生きる男としてチェーンソーを押し当てた瞬間、突如その刃は動きを止めた。そこに彼が見たものはあの戦争の爪痕であった。己の感情に立ち返った老人は、巨木に背を向け静かに山を下りる。
(2)メッセージ部門
最優秀賞 「桶ヶ谷沼の夜明け」
静岡県磐田市の東部にある桶ヶ谷沼はトンボの生息地として大切に保護されている。たくさんのトンボがいるなかでベッコウトンボは絶滅危惧種だが、それも手厚く保護されている。桶ヶ谷沼はトンボで有名だが、実は桶ヶ谷沼そのものと周辺の雰囲気もまた美しい。せせこましい現代の生活とは異次元の悠久の時が流れているようだ。空も風も水も空気も鳥も虫たちも気忙しない現代とは別の世界を作っている。ああ、ギンヤンマが飛びたつ。
優秀賞 「沼津と深海魚」
沼津は深海魚のまちである。深海魚を展示する水族館が人気である。だが、そればかりではない。沼津ゆかりの文人の心には深海魚が棲んでいる。その代表は千本松原に歌碑がある若山牧水と明石海人だ。沼津に移住した牧水。沼津を去った海人。境遇は違えども、沼津の海を愛し、心の闇に深海魚が棲んでいる点で同族である。富士山は日本一高く美しい山だが、駿河湾も日本一深く豊かな海なのである。沼津の夜は深海魚とともにふけていく…。
優秀賞 「秋、蓬莱橋から」
秋は空気が澄み曖昧なものが、はっきりと視えてくる季節だ。外側から聞こえるものは勿論、内側から語りかけてくるものに立ち止まる事が多い。私は以前住んでいた島田市の蓬莱橋にスポットを当てメッセージを書いた。人間には橋の上から川をのぞきこむ姿勢でしか見られない心の闇があると思うから。川は単に流れていくだけではない淀むという魅力にも触れたつもりでいる。効率能率に追いまくられる現代人に少しでもメッセージを届けられたらと思っている。
優秀賞 「奥駿河湾」
この作品には、伊豆半島のつけ根で生まれ育った私の海に対する気持ちや思いが込められています。私は昔から海が大好きでした。そして、海の怖さも知っています。その海にはたくさん怒りをぶつけたし、たくさん慰められてきました。今でも泳いだり貝をとったりしています。しかし、私は4月から東京の大学へ進学するので、気軽にこの海へ行くことができなくなります。
私はこの海をいつでも見ることができるように、私の心の中にどこまでも持っていきたいという願いを込めました。
優秀賞 「降雪、浜名湖」
湖西市鷲津。そこに浜名湖の湖岸に沿うような道路がある。その狭い道は一年を通じてほとんど静かで、家々の間から湖の広々とした景色を見ることができる。引佐や細江の低い山地と水を湛えている豊かな湖面は、冬場にはくすんだ詩情のある風景を見せてくれる。それだけではなく、もし、雪が舞うとき、湖上の美観は、ぼくの記憶を呼び起こすほどの懐かしい風情が漂い、自分を日常とは違う煌めいた世界に誘ってくれるのだ。
優秀賞 「Treasure island」
宝島。私の作品の題名だ。金がとれたり、財宝がうまっていたりするわけではない。その島には、まるで宝のような自然が今も残っているのだ。その島とは恵比須島。
私がこの島に行ったとき、とてもたくさんの魚をみつけた。まだ、いろいろな生物が住むことができる場所があるのだと、うれしくなった。
私の作品を読んでくださった人が、自然のことを考えてくれると、うれしい。
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