第25回伊豆文学賞 入賞作品あらすじ(作者自身による作品紹介)

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ページID1044346  更新日 2023年1月11日

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(1)小説・随筆・紀行文部門

最優秀賞 「海豚いるか」(小説)

駿河湾は、暖流に乗ってイルカや鮪が回遊してくる。漁師たちはそれを待って漁に出る。主人公の爺ちゃんは、山梨の寒村から出稼ぎに来て居ついた漁師だ。

天保の飢饉で百姓一揆が起きた。主人公は一揆に参加するがかろうじて逃げ帰った。食い物が不足する生活に愛想を尽かせて向かった先が、舟の乗り子を探している沼津の漁師宅だった。漁民はイルカも鮪も、浜に上がると甲州に送った。鮪は高値で捌けるがイルカはそうはいかない。買い手のつかないイルカは、地元の百姓が畑の肥料に使っていた。これを見た主人公は、生まれ育った地域での売込み先を見つけ、イルカ肉の販売に力を注ぐ。

食い物の尊さを知る主人公の、一念奮起が功を制し、イルカ肉が郡内(山梨県)の町民の食卓に乗るようになった。

優秀賞 「黒潮の岬」(小説)

今の灯台は電化されて無人だが以前は灯台守が常駐し、夜通し油を焚いて灯を守った。孤島の灯台は陸地との交信を旗旒信号で行っていた。神子元島灯台は伊豆南端の多々戸の旗旒信号監視台と交信していた。信号監視人の清高の爺さんは灯台守の送迎や水食糧を運ぶ通い船の船頭でもあった。

ある日、神子元島の旗掲台に〈至急出船せよ〉の旗があがる。爺さんは、清高をつれて通い船を出す。二名一組でやっている灯台守の一人が潮にのまれ行方不明になった。清高は臨時の助手を頼まれる。島に海女船がやってくる。ひと潜りし火入れに島にあがる。その中に清高が心をよせている民子がいた。民子を誘い、海老穴に潜る。黙って組抜けをした民子を海女頭はゆるさない。民子は海女組をはずされる。

清高は夢遊病者のように波に向かって歩く。〈至急出船せよ〉の旗があがる。爺さんは清高の死を思いロープを積んで船を出す。

佳作 「戸川半兵衛の黒はんべ」(小説)

駿河大納言忠長の賄頭戸川半兵衛はその風貌から「黒はんべ」と呼ばれ軽んじられていた。主君の食が細いことを案じた半兵衛は「鬼役」と呼ばれる毒味役が駿河湾で獲れた魚介を忠長に供することを妨げていると知り、新鮮なイワシを忠長に食してもらうために鬼役と対決する。ある日半兵衛が忠長に獲れすぎたイワシを捨てる話をすると、イワシの新しい料理を工夫せよと命じられ、網元の秋山仁左衛門とその妻のせつに相談した。

附家老の稲葉は忠長の行状を江戸に歪めて報告していた。近習の藤一郎とともに忠長を守ろうとする半兵衛は稲葉派の襲撃を受け、その争いの中で藤一郎は命を落としてしまう。

忠長はせつが工夫した新しいイワシ料理を喜んだが、ついには稲葉派の奸計に落ち甲府への蟄居が命じられる。半兵衛と仁左衛門も罰せられ仁左衛門は牢の中で病死した。最後に忠長からせつに下された文にはイワシ料理を「黒はんべ」と名付けよと書かれていた。

佳作 「ラスト・ソングス」(小説)

大学2年生のカオルは東京の生活に焦燥と退屈を覚えていた。彼は東京から逃げるために電車に乗り、伊豆半島の下田市に辿り着く。その夜、下田湾沿いを歩いていると、独りギターを奏でる年上の女性・リサに出会う。彼らは市内の観光地を共に巡るようになる。カオルはリサの演奏と、影のある表情に魅かれていく。カオルはリサが東京から下田に戻ってきたこと、そして今は歌を歌うことも書くこともできなくなったことを知る。カオルは自分が詩を書く代わりに、ギターを教えるようリサに提案する。ギターのレッスンと詩作を通じてカオルのリサに対する思いは募っていくが、ある雨の夜、リサに「無責任な他所者」と告発される。カオルは東京に戻ることを決意し、リサに贈る詩を書き上げる。出発の朝、カオルはリサに電話で別れを告げるが、名前を呼ぶことすらできない。カオルは失意のまま、リサと最初に会った海辺のベンチに詩を置いて、駅で帰りの電車を待つ。

(2)掌篇部門

最優秀賞 「白い蛇」

幼い頃、父方の祖母に黒皮の蝦蟇口を形見としてもらった事があった。蛇の皮を財布に入れておくとお金が貯まるよと聞かされた記憶がある。

数年前に訪れた爪木崎の野水仙に圧倒され舞台を下田にしストーリーを展開させた。思春期の少女からみたばあちゃんを描き、死を直面し受入ながら成長をしていく作品である。

優秀賞 「塩の味」

伊豆では昔から上質な寒天が作られてきた。寒天の製造には原料のテングサを採る漁師が不可欠である。テングサの塩抜きという、伊豆半島独特の作業を通して伝統に向き合う父と子の姿。伝統の背景にある、意外と身近な親子関係を作品にしました。

優秀賞 「明るい夜に」

日本が誇る伝統工芸品として、世界中で親しまれている「和紙」。その名産地のひとつとして有名な修善寺を舞台に、一人の少女が和紙漉きの修行を通して成長する物語です。とても短い小説であり、2~3分もあれば読み切ることができるため、小説というものを普段はあまり読まれない方でも、きっと楽しんで頂けると思います。読者の方には、例えば音楽でいうと、ひとつの曲を聴き終えたような、そんな印象を受けて頂ければ大変嬉しく思います。

優秀賞 「ダイヤモンド富士」

娘は、余命宣告された風景写真家の父から愛機のカメラを託された。

「これで、おまえの人生を撮れ」

それは、父の最後の願いの伝言だった。

深い傷を抱え、生き甲斐を失った女性が小さな命と出逢い、再び希望を見い出し、自らの人生を歩んでゆく再生の物語。

優秀賞 「無観客」

毎年暑くなっていく夏に、どうしても伝えたい非日常な2つの出来事。

災害とオリンピックが、奇しくも同じ月に起こった年。我慢ばかりの毎日は、ひたすら苦痛で、ストレスである。しかし、その日々をも一瞬で奪われた人たちがいた。安全だと思われていた家ごと流されるとは誰が思っただろう。救助は懸命に黙々と続けられた。

AIやデジタル化が日常化する世の中で記録をつくるのも人間。救助作業を行うのも人間。被災者や作業者を励ますのも人間なのである。人とのつながりを断ち切らないために私たちは生かされているのかもしれない。競技者は、勝敗がつく。犠牲者は、ただ沈黙するだけ。どちらも観客のいない場所で。なりたいもの、なりたくないもの、見て欲しいこと、見て欲しくないこと。この夏、観客にしかなれなかった私はただ祈るだけだった。せめて、どうか、届きますように。犠牲者となった人々へ。

優秀賞 「ぐるぐる」

この話の主人公は傷を負っていない。しかしながら、傷をかかえている。妹の深い悲しみに対して、わずかな言葉と想像力にたよることしかできないことへの痛みを。

小説を書く者も、この主人公と同じ痛みと向き合わざるを得ない。言葉と想像力の産物である小説が、誰かの傷を癒やすことを信じて。

海から生まれ出た生命の一端にすぎない私たちが、言葉と想像力を得たことへの悲しみと喜びを、私はこの小品に込めたつもりだ。

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